『果しなき流れの果に』は日本ミステリ・SF界の巨匠、小松左京の初期の長編SF小説。60年近くも前の作品だが、新装版を繰り返し、今も読み継がれている。その魅力を現在の読者目線で紹介していく。
あらすじ
N大学理論物理研究所助手の野々村は、ある日、研究所の大泉教授とその友人・番匠谷教授から一つの砂時計を見せられる。それは永遠に砂の落ち続ける砂時計だった! 白堊紀の地層から出土されたというその砂時計のなぞを解明すべく発掘現場へと向かう一行だったが、彼らは知る由もなかった──その背後で十億年もの時空を超えた壮大な戦いが展開されていようとは。
引用元:amazon.co.jp
- 日本SFの名作を読みたい人
- SFは好きだけど難しいのも長すぎるのもちょっと…な人。
- 『三体』が気になっている人
そんな人にぜひ読んでみて欲しい作品。
- 三度の新装版を経て読み継がれる名作
- 色あせない普遍的なテーマ性
- 小松左京SF初期の意欲作
- 勢いで書いたことが読みやすさに?
- 自由すぎる設定とスピード感
- 『三体』に通じる突飛なスケール感
三度の新装版を経て読み継がれる名作
『果しなき流れの果に』の発表は1965年。その後1997年、2018年と新装版が発刊されている。いま読んでもまったく古臭さを感じない。レトロな味わいの『夏への扉』などとは対照的な作品だ。
『夏への扉』のように技術的なアイデアやそれを取り巻く社会やドラマを描くと、よくも悪くも時代性が反映されてしまう。対して『果しなき流れの果に』は、時空を超える技術や宇宙論などを描きながらも、人間の存在とか尊厳みたいな普遍的なものを捉えようという試みが伝わってくる。そこが今読んでもしっかり心に響いてくるポイントだ。『星を継ぐもの』や『三体』などの大作にも根底で通じるものがある。ごりごりのハードSFやスペースオペラが多々ある中で、当時は斬新な作風だったかもしれない。
もちろん描写も緻密で臨場感もちゃんとあるが、どちらかと言うと心情や内面的な話がメイン。つまり読んで”感じる”ことでしか味わえないない魅力こそ、アニメ化も実写化もされていないけど、この本が何十年も読み継がれている理由なのではないだろうか。
小松左京SF初期の意欲作
小松左京は『日本沈没』や『首都消失』などSFの名作を多数残しているが、その最も初期の作品がこの『果しなき流れの果に』である。初版のあとがきには「準備不足のまま連載をはじめてしまい七転八倒。体調不良も重なり、酒や知人のはげましによってなんとか書き上げた(略)」とものすごく苦労したっぽい回想がある。
要するにSFを書くための下準備もろくにしないまま勢いで書いた作品だというのだ。しかしそれがむしろ”読みやすさ”という形で、功を奏している。
この作品は上記あらすじにあるように、とある技術的な謎から話がスタートする。こちらも「いかにしてそれは解明されるのか?」と肩に力を入れながら読み進めるのだが、謎は謎のままどんどん話は展開していき、技術的な解明はちゃんとされないまま終わる。
あれ?とハードSF的な納得感のなさに一瞬戸惑う。が、技術的にはさらっとしていることこそがこの作品の特徴だと後になって気づく。そりゃ調べ物もせずに書いてるワケだから、技術論で納得させようなんて端から考えていないのだ。でも読ませる力があるもんでこっちが勝手に誘導されて、いつの間にか小松コースターに乗せられて別の爽快感をきっちり味わって終了。テーマも意外と深かった、うんうん。
アイデアと文章力でSFの常識をぶっ飛ばしちゃいました。そしてSF苦手な人でも読みやすい作品になりました。という勢いまかせが結果、他の作品にはない魅力になった、という稀な作品だと思う。
自由すぎる設定とスピード感
だからこの作品は出だしこそ難しい雰囲気を醸してはいるが、難しさがそれほど重要じゃないSF作品だと知って読むべきである。
技術的な裏付けは無視しているから、ものすごい突飛な設定がアイデア任せにどんどん展開されて、途中からスピード感もハンパない。いくとこまでいっちゃえ!という作者のおそらくちょうど酒と友達の力を借りて書いていたであろう、後半の“自由すぎる疾走感”が、作品のおもしろさのメインなのである。
この難しい話と見せかけて自由すぎる疾走感とスケール感は『三体』に非常に通じるものを感じた。『三体』第三部の解説にも実際にこの作品が思い浮かんだと言及されているぐらいである。
『三体』は重厚で長大な話が幾重にも展開されるし、技術的にも難解で歯応えがある。それゆえに序盤で脱落してしまう読者も多いと感じる。そんな人たちにまずこの本を読んでもらい『三体』もいったん技術は無視して読んじゃえばいいんだよ!技術とか難しい理論じゃないところがおもしろさのメインだよ!と教えてあげたい。
SFがあまり得意じゃない人には『三体』の準備運動としても、本作はおすすめである。
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