「スティーヴン・キング震撼!」という強烈な帯コピーにつられて『ダーク・ヴァネッサ』を手に取った。
性的虐待がテーマの“世界を震撼させた問題作”らしい。緊張しつつ読んでみたところ・・・ぜんぜん違った。
世界を震撼させはしない。むしろ男でも共感できるし、とても心に残る青春小説だった。
- 過去の恋愛を引きずりがちなひと
- シンプルな勧善懲悪ではない話が好きな人
- ハラスメント社会に飽きてきたひと
あらすじ
15歳、寄宿学校に通うヴァネッサは42歳の教師・ストレインの“恋人”だった。
引用元:Amazon.co.jp
しかしその17年後、思い出を胸に秘めた彼女の前に、彼を未成年者への性的虐待で告発するというひとりの女性が現れる。
「私は彼女とは違う」と自分に言い聞かせるヴァネッサだったが、混乱する記憶の底からはやがておぞましい過去が浮き上がり……。
世はハラスメント過剰時代
ストーリーは、とある少女が過去の性的虐待を訴えるSNS投稿で世の中が盛り上がっているところから始まる。
そこに私も!と同じ人物からの性被害を訴える別の女性が現れ、ジャーナリストも動き出し大きな騒動になっていく。
訴えられている男性(中年高校教師)と女子高生時代に“交際していた”主人公が自分の過去を振り返りながら
過去の思い出と現在の騒動が交互に進行していく。
教師とJKの禁断の恋愛ということで、その過去に自分の記憶すら封じてしまいたくなるような性的虐待があったのかどうなのか、という謎を読者は追いながら読んでいくことになる。
ミステリー要素を含むので話の展開には触れないが、本の表紙や帯にあるキャッチコピーは
この“性的虐待”部分ばかりを過剰に取り上げて“世界を震撼させて”いることにしたいような印象を受ける。
読後感としては、それはちょっと浅はかに思えた。
それだと過剰にハラスメントを囃し立てて絶対悪に仕立てあげる、
現在の風潮に乗っかっただけの売り文句に読めてしまう。
この作品は、社会悪の皮をかぶった青春恋愛小説であり、
しかもいわゆる“爽やかな青春”とは真逆を描いているところがこの作品の大きな魅力だと感じた。
仄暗い思い出こそ青春の醍醐味
主人公の女性は、一言でいうとあまり“イけてない”キャラである。
冴えない高校時代を過ごし、なんとなく大学を出てホテル勤務をしている。
ごくごくふつうの20代後半OLという感じ。
そんな彼女の寄宿学校時代。国語の教師に文才を認められ好意を寄せ合うところから、生活と心が変化していく。
後ろめたさと好奇心、一足跳びで大人になったような優越感、
なによりも純粋な恋心が、それまで冴えなかった青春を彩っていく。
しかし周りに明かせない関係はだんだんと閉塞していき、とある事件をきっかけに・・・。
幼い恋愛の理想と現実、親子関係、友人関係、
すべてがスッキリとうまくいくことはなく、傷づくことも度々。
でもそんな痛みや、掴みどころのない感情にこそ、生きている実感がある。
ということを思い知る。
禁断の恋愛だけに限らず、彼女が送る毎日はどこか雰囲気が暗く描かれ
つねにモヤモヤがつきまとっている。
善悪や努力とサクセスみたいにはスパッと割り切れない感情に溢れていて
そしてそれは現在の彼女にも影響を及ぼしている。
このダラダラとしたモヤモヤ青春像がやけにリアルで共感できて味わい深い。
過去に性的虐待があったのか、なかったのか、そこは読んで確かめてみてほしいところだが、
それよりもこの青春を光と闇が曖昧にチラチラと照らしている感じがこの作品の魅力の核である。
ただの社会派ミステリーとして読もうとする(もしくは読まない)のは、ちょっともったいない。
曖昧さとズルさ。恋愛のリアリティ。
作者は古典『ロリータ』に強く印象を受けたと解説にあるように
歳の差の恋愛について深く考察している。
男女両方の気持ちに寄り添っていて、そのリアリティはとても印象的だ。
若い主人公は無知と好奇心に任せて無邪気な行動をとるが
決して神話の妖精ような神秘的な存在ではない。
不安や悩み、怒りの衝動や安心感の間を、つねにぐるぐると動きつづける。
そしてその感情は生々しい。
中年の男性は温かい包容力として描かれつつも、
大人なりの割り切りや小狡さで巧妙に距離を取りながら駆け引きをする。
そしてお互いに自分勝手な行動をとってしまう。
この男女のどちらかだけを肯定した瞬間に「社会悪バッシング小説」が出来上がってしまうが、作者はそれをしていない。
話の筋としての“結論”は一応出してはいるものの、
男女が真っ直ぐに歪んだ恋愛をしている様を決して否定はしない。
男女の恋愛については何が起きようと肯定して描く。
このスタンスで丁寧に描かれている恋愛小説だから、
どんな社会的な悪事として描かれようとも、それは表面的なものに感じられる。
捻れた恋愛と精神的な未熟さが、ただ切り捨てるべきものでなく
人間味あふれるものとして浮き彫りになり、
過去の性的虐待の有無も、想像していなかったものとして意味合いが変わってくるのが面白い。
とにかく、読む前と後のギャップがとても楽しめる作品であることは強調したい。
なんか性犯罪のヤバい本なのね?と思って読んでみることは間違いではないが、
ロリータ的な純愛の側面とのバランスを個人的な共感に照らし合わせながら
ぜひ楽しんでみてほしい作品です。
帯コピーが過剰な本の上手な楽しみ方
冒頭で帯コピーについて少し触れたが、
本屋さんではけっこうな頻度で過激な“買わせコピー”に遭遇する。
「震撼!」とか「嫉妬してしまう才能!」とか
「間違いなく今年のマイベスト」みたいなコピーがそれにあたる。
こういうコピーに遭遇したときの対処の仕方を最後にちょっとだけ触れておきたい。
まずこういう「ほんとに読んだ?」と思わせるシンプルすぎるコピーは
有名人のネームバリューを利用したものが多い。
そして良い帯の場合、もっと具体的な魅力に触れているコピーと並べて使われている。
『ダークヴァネッサ』の場合も帯の裏にはちゃんと具体的な魅力を少し長めの文章で紹介しているコピーが併記されている。
つまり「え?」と思わせるコピーが目に留まった場合は、
近くに具体的な魅力を探す、が良本に出会える近道ということである。
逆に「驚愕!」「嫉妬!」「マイベスト!」みたいに全員主観パターンの帯も割と存在するので、
そういう本はゴリ押し予告編のハリウッド映画みたいに、だいたいハズレです(偏見)
帯に気合いが入っている本は、読者に「こう読むべし」という誘導になっている場合もあるが、
逆にその誘導に乗ったとしても、ダークヴァネッサみたいに
個人の経験に照らし合わせて「ぜんぜん違うやん!」という意外な魅力との出会いにつながったりもする。
なので、目を惹くコピーに出会った時は、
いずれにしても面白い本に出会えるチャンス、と思っておくとお得。かもしれないです。
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