『三体』を読み終えて衝撃の余韻にひたっていたところ、読書好きの友人に「これもおすすめ」と紹介してもらったのがこの中国SF短編集『折りたたみ北京』で早速読んでみた。
三体の抜粋改作「円」が収録されているが、三体と趣の似ている作品もあり、まったく異なるファンタジックな話もあり、さまざまなアイデアが詰まっていて中国SFの自由と奥深さが見てとれる。
「なるほどこれが今の中国ならではのSFなのか」とその独自性を多少なりとも感じることができた。
特徴1:広大な風景やオリエンタル情緒を感じられる作品群
いくつかの作品を読んでいて漠然と“中国っぽいな”と感じたのは、まず広大な大地や風光明媚な山岳都市が浮かぶ、視覚的な作品たち。
それにちょっと連動して、貧しい農村の風景や、田舎と都市の対比。幼少期や学生時代の思い出話が軸になっているような、内面的なノスタルジック作品群。けっこうロマンチックなのが好きなんだな、というのが前半の印象だった。
静養に訪れた都市で、ホログラムと実景の対比が美しく描かれる「麗江(リージャン)の魚」、妖怪のような住人たちが暮らす村の秘密がどこか懐かしさを誘う「百鬼夜行街」、荒涼とした未来の風景が孤独な機械と好対照に浮かび上がる「龍馬夜行」など
広大な国土や貧富の格差といった、いかにも中国らしい視覚的な特徴を堪能しながら、夢見る心やロマンチックな雰囲気を大切にしたしっとり系の味わいもある。
後半にいくにつれて攻撃的な作品も現れてくるのだが、前半にオリエンタルで心に沁みる作品群を中国SFの味わいとして紹介していることが、その後の作品といいギャップになってどちらも印象的になり、全体のページ構成に重要な役割を果たしている。
このまるで音楽アルバムのような盛り上げ方の妙は編者のケン・リュウ氏の手腕か。ケン・リュウ氏自身の作品は静的でロマンティックなものがとても多い印象なので、本全体にもリズムのようなものを大切に考えているのかもしれない。
特徴2:やっぱり反権力がお好き?
三体の劉慈欣作品などには特に顕著な傾向だが、中国SFは反権力をテーマにした、やや攻撃的な作品もちょいちょい見かける。
権力に軽んじられる庶民をあえてリアルな残酷さで描いていたり、現行の制度を揶揄していると思われる特殊な制度をテーマにした作品など、権力に立ち向かうマイノリティの戦いが共感を呼ぶ作品が散見されたのも特徴的だ。
表題作「折りたたみ北京」はテーマとなっている社会システムがおもしろいのでそれほど攻撃性は感じないけど、貧富の差とそれを是正することの可否が現在の中国を象徴的に表現しており、明確なメッセージとして描かれている。
「沈黙都市」も、実在しない行き過ぎた管理システムを描くことで明らかに社会主義的な管理社会を揶揄している。こちらはユーモラスでロマンチックにも受け取れる描き方をしているところがおしゃれな作品。
中国にかかわらず、経済格差や体制への批判。大企業や政権を叩くことは、先進国では(特に経済が停滞してくると)当たり前になっている雰囲気はあるが、SF作品にすることで攻撃性もただ危険な活動ではなくほどよくエンタメ化でき、社会に受け入れられることは意義深いと思う。
とくに歴史的に圧倒的な中央集権制がとられてきた中国で、反権力を何重にもエンタメ化したような『三体』やそれにテーマを類するような作品群が大人気なのは、爽快すぎる自虐ネタのようで、とても興味深い。
中国SFは文体の宝庫。旬のSF作家カタログとしても◎
扱うテーマや写実性に共通の傾向が見られるとはいえ、作者がどこに注力してこだわって書いているのか、その細部や文体はさまざまである。
正直読みにくいちょっと哲学っぽいものもあれば、ハードSFもぜんぜんいける文才のある理系作家も多い(劉慈欣はその筆頭)。ケン・リュウのようにゆるやかな文体でファンタジー寄りなSFを得意とする人もいるし、まさに文体の宝庫だ。
あらゆる文体を雰囲気を損なうことなく伝えてくれる訳者の方々には感謝しかない。
既に世界的な評価を受けている作家もいれば、文学賞をとったばかりで勢いのある若手作家もいて、お気に入りの作家を探すのもとても楽しい。
短編がおもしろかった作家の長編に派生読みしてみたり、注目した作家のこれから出る新作を楽しみにしたり、読書の楽しみ方がとても膨らむ一冊でもある。中国SFに興味が沸いたひとは、ぜひ読んでみてほしい。
そして別の地域のSF(ギリシャやイスラエル)も見つけたので、こちらも読んだらシェアしようと思います。
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