ミステリー大好きな小島秀夫監督(ゲームクリエイター)の推し本のひとつ『メイドの秘密とホテルの死体』を読んだ。
普段ミステリーはほとんど読まないのだが、面白い本を紹介している人が紹介しているミステリーは読む。
特に“人物が魅力的”という推され方をしているものは、好んで手を出しがちである。
この作品はミステリー初心者の自分でもかなり楽しめた当たり作品だったので、その魅力を紹介してみる。
- かわいいもの好きなひと
- キャラが立った物語が好きなひと
- 前向きな気分になりたいひと
かわいくてちょっとクセのある主人公を“見守り読み”
社会性に乏しく、他人の意図を読みとることができないモーリー。
Amazon.co.jpより抜粋
彼女は9カ月前に亡くなった祖母の教えを頼りに、地元の高級ホテルで客室メイドとして働いていた。
ところがある日、清掃に入った客室で悪名高い大富豪ブラックの死体を発見。
警察の捜査が始まると、人づきあいが苦手で誤解を招きやすい性格が災いし、人々から疑惑の目を向けられる。 さいわい、ずっと見守ってくれていた老ドアマンをはじめ、頼れる仲間が現われ、危機一髪を脱する作戦にでるが…
この作品の最大の特徴であり魅力は、主人公モーリーのかわいらしさと“真っすぐさ”に尽きる。
モーリーはホテルで働く優秀なメイドで、おばあちゃんの教え(しつけと知恵)を頑なに守りながら、
ちょっと独特な思い込みの世界に住んでいる。
とにかくまっすぐで何でもバカ正直にとらえてしまい、ふつうの会話がちょっと苦手。
コミュニケーション能力がやや偏った女の子である。
物語はこの一風変わったメイドの語りで進んでいくのだが、、
日々の生活に小さな幸せを見つけながらまじめな毎日を送るモーリーが
とにかく「いい子」なことに引き込まれてしまう。
ああこの子をどうにかしてあげなきゃ!というおせっかい心がくすぐられて
見守るような気持ちで、先の展開がどんどん気になってしまう。
そんなミステリーの導入にしては珍しい引き込み方が新鮮で、
この雰囲気がすんなり受け入れられる読者には、とても楽しんでもらえる作品だと思う。
初っぱなから主人公の魅力が全開な作品は「マーダーボット・ダイヤリー」などと同様だが、
こちらはさらに口調が軽くて読みやすい。
海外小説によくあるような、ダルい設定説明の導入が苦手な
(自分みたいな)読者には、とくにおすすめです。
マイペースなメイドが語る二重の?ミステリー
このモーリーの、ちょっと接しにくい人柄に対して、人の反応はふたつに分かれる。
味方したくなるか、ウザく思って利用してやりたくなるか。つまり善意と悪意がぱっかり分かれる。
そしてその悪意によって事件に巻き込まれていく。一応ミステリーだから殺人事件が話の軸である。
だが読んでいてちょっと問題が発生する。ちょっと変わり者で思い込みも激しい
主人公の語り口調で話が進んでいくから、混乱をきたすのである。
新たに出てきた人物が善意の人なのか悪意の人なのか、
事件のヒントが出てきたのか、ただの勘違いなのか。
いろいろ絶妙に分からないまま進んでいくのである。
この騙されているような感覚が慣れてくると面白く、
途中から「あ。事件の真相は実はそんなに重要じゃないのか?」と思えてくるほど。
まず死体を目の当たりにしても「どうしよう、今日の業務が滞ってしまうわ」と思ってしまうような
おもろい主人公の主観を読んで、まともに事件の推理をしようとするほうがムチャなのである。
この本の楽しみ方は本格ミステリーというよりは、かわいいメイドに翻弄されながら事件を追うという
ある意味二重のミステリー構造にある。
とりまくキャラがやさしかったり頼りなかったり、とにかく魅力的なキャラが多く、
敵か味方か中立か、モーリーといっしょに予測するのが楽しい(モーリーはまったく予測などしないのだが)
読んだ後、とにかく前向きになれる。
ネタバレを防ぐため話の詳細は割愛するが、事件の真相はシンプルなミステリーと見せかけて、
オチはちょっと予想外なものになる。というか予想外なことにあまりびっくりしなかったことが
ちょっと予想外、という感想だった。
ミステリー慣れしている読者には「?」な展開や終わり方なのかもしれないが、そこはあまり重要じゃない。
メイドのモーリーの物語として、また彼女を愛する善意の登場人物たちと悪意とのバトルとして。
最大限彼女の魅力が生かされたストーリーとラストの展開。
その観点から、自然とすんなり納得感のあるオチだと感じた。
そしてそれよりも残った読後感としては、意外なほど気持ちよい爽快感。
まっすぐに生きる彼女たちの冒険を見守り続けた読者は、
モーリーとともに、ちょっと新しい日常に帰る。
事件のオチはなかばどうでもよくなって、いつの間にかモーリーとともに前向きな気分になれる。
もっと新しい日常の続きをを読んでみたいな。と思ってしまう。
それがこの本のすごいところであり、モーリーのすごいところ。
「殺人」を描きながらここまでかわいくポップで、前向きになれるミステリーが他にあるだろうか。
(あるのかもしれないが)ちょっと変わった“かわいい”ミステリーとして
広く楽しめる作品であることは間違いないと思う。(映画化も決定しているとのこと)
ダークなミステリーや仕掛け重視のストーリーに飽きてきたら、
ぜひ読んでみてほしい。意外で新鮮な感動がきっとあると思うので。
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