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【SF短編集】中国SFの最高峰、劉慈欣『円』は『三体』の前に読むべし!その理由|おすすめ本レビュー

オバマ大統領も絶賛の『三体』の著者、劉慈欣(りゅう・じきん/リュウ・ツーシン)の日本デビュー短編集『円』。その存在を知ったのは『三体』三部作を読了した後だった。三体の中のエピソードの原案にも入っている「円」が表題作ということは知っていたが他の作品は知らず、文庫化を機に読んでみた。

デビュー短編集というだけあり、ライトで実験的な作風のものも多く、三体よりもだいぶ手軽に読める。逆にすでに三体のような重い輝きを放つような作品も収録されている。ひとりでこれだけの幅の作品が書けるのかということに、とにかく驚いた。

恐ろしいけどちょっと笑えるもの、強烈なビジュアルイメージで脳内補完が楽しめるもの、社会を見つめる視点が鋭く、考えさせられるものなど、劉慈欣ワールドが網羅的に味わえるお得な短編集なので、その魅力をちょっとまとめてみる。

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目次

劉慈欣ワールドの魅力その1:どこからくるかわからない独創的なアイデア

劉慈欣作品の特徴としては、まずなんと言ってもアイデアがぶっ飛んでいて、しかもバラエティに富んでいるところ。

いきなり恐竜が人間を支配している世界とか(「詩雲」)、詩的に描かれる神的な人物たちが超越的な科学技術を扱うとか(「郷村教師」ほか)、とにかく設定や展開が予想外なところからくるものが多く、どの作品もほぼ必ず驚いてしまう

初期の作品は特にアイデアが実験的で突飛さが際立っている。「鯨歌」「繊維」「円円のシャボン玉」「人生」など、どれもまったく似ていなくて、劉慈欣作品の中では重くもなく、かなりライトに読める。

どれも楽しくわかりやすいテーマで、SFへのとっつきにくさを解消してくれる良作揃いなのが『円』収録作の特徴だ。

中でも「詩雲」は特に劉慈欣のアイデア的な凄みが色濃く出ている。超越的な科学技術をもった神的な存在との、争いともちょと違う風変わりで壮大な関係性が描かれる。攻撃性とユーモアが混じり合って濃くなったような劉慈欣にしかできない味わい深さで、ぜひこれだけでも読んでみてほしい。

劉慈欣ワールドの魅力2:社会的な考察が鋭く攻撃的なキレがある

もうひとつの劉慈欣作品の特徴は、社会的な視点が鋭く攻撃的な作風である。

中国農村部の貧困をリアルに描く「郷村教師」や、とある代理戦争をテーマにした「栄光と夢」など、反権力的で、社会構造の残虐さをかなり視覚的も心情的にもリアルに描く作品がけっこうあるのも大きな特徴だ。

『三体』でも圧倒的な科学技術を有する異星人の侵略と立ち向かう人類という弱者との構図が描かれるが、目を見張るのはむしろ、人類間の争いや、技術やイデオロギーが様変わりしてしまった時代変遷などが、ものすごくリアルな社会的視点で描き込まれているところである。

もしもこんなことが社会に起きたら、その時人々はどんな行動に出てしまうか。どんな感情になるのか。ということが、時に切実に、時に残虐なリアリティをもってキレキレの描写で描かれる。それがご都合主義でなく、本当に起こりそうなことだらけで共感が深く、胸を打たれる。それがドラマや冒険に独特の深みを与えている。

劉慈欣SFの真骨頂は、この社会的な視点で重厚なリアリテイを描き出すところにある。

劉慈欣ワールドの魅力3:ハードSFが本業?本人はごりごりの理系

劉慈欣はアイデアの豊富さと視点の鋭さで稀有なストーリーテラーだと思うが、なぜSFを書いているのか。それは本人が元発電所の技術者というごりごりの理系マンだからである。

「地火」は技術者の話がリアルに綴られているし、「カオスの蝶」や「円」はもろに理系テーマをモチーフにしている。どれも現在の技術やそれを基礎に応用したものでリアルの延長にあり、都合いい技術で話を解決させてしまうことのない、読み応えある理系SFになっている。

読みやすくおとぎ噺的にブレイクダウンしてくれている作品もあれば、やや難解なだけど読み応えある理系作品もある。描ける技術の幅が圧倒的に多いことも、SF作家として世界な評価を受けている大きな理由だろう。

『円』気に入ったら超パワーアップ版の『三体』へ

『三体』はそんな劉慈欣ワールドの特徴を全部ミックスして、パワフルにして、さらに予測不能にして、リアリティましましでアイデアを次々にぶち込んでくる作品だ。

大きな流れのあるストーリーだが軸は多数あり、主人公や味のあるキャラクターも多数。どれも劉慈欣にしか描けない魅力満載で、飽きることなく最後まで突っ走れる。

突然「三体問題」という難解なテーマから入るので挫折してしまう人も多いのだが、円を読んで千差万別な劉慈欣ワールドに触れておくと、ただ難解で重いだけでのまま進むワケはない、劉慈欣のエンタメワールドをしっかり予感しながら読むことができる。いざ話が展開したときに「キター!」という興奮とともに一気に時空を越える宇宙の旅に飲み込まれることができるのである。

もちろん『円』は『三体』の劣化版では決してない。三体にはない魅力が読みやすく詰め込まれた、むしろ贅沢な作品集なので、単独でもおすすめな一冊である。『三体』を読んだ人もまだの人も、ぜひ読んでさらに劉慈欣ワールドにどっぷり浸かってみてほしい。

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